Case Study — トクヤマ(4043):テーゼの構築から破壊まで

Phase 2 実践 2026-02-27 全フレームワーク統合

堀が深くPERが低い「良い会社」をテーゼ5要素で分析し、2つのテーゼを構築。しかし因果チェーンを数字で検証した結果、どちらも不成立と判断。「買わない」も立派な結論であることを学んだケーススタディ。

分析プロセス:6ステップの全体像

1 構築
2 テスト
3 破壊
4 再構築
5 再検証
6 判断
1
テーゼv1 構築
堀4チェック → PER計算 → 撤退条件 → 5要素すべて埋まった
2
ストレステスト:下方修正
1/30の営業利益-6%下方修正 →「一時的問題」→ テーゼ生存
3
破壊的検証:①崩壊
ウェーハはAI半導体のボトルネックではない → 因果チェーン断裂
4
テーゼv2 再構築
IPA/AlNの消耗品ビジネスに軸を変更
5
インパクト検証:不足
IPA+AlN = 全社利益の15%。株価を動かすには足りない
6
最終判断:買わない
「良い会社」だが「良い投資先」ではない

Step 0:トクヤマとは何者か

トクヤマ(4043) — 化学セクターに分類される総合化学メーカー。セメントや化成品が主力だが、半導体材料で複数の世界的寡占ポジションを持つ。

半導体関連製品のポジション

製品 世界シェア 用途
高純度多結晶シリコン 約25%(3位) ウェーハ原料
窒化アルミニウム(AlN) 約70%(1位) 放熱材
乾式シリカ 約50%(1位) CMP研磨原料
高純度IPA アジアNo.1 ウェーハ洗浄

なぜ候補になったか:パウロの投資候補3条件「堀がある × 市場が気づいてない(PER15倍以下) × 線でたどって見つかる」を満たす可能性があった。

Step 1:テーゼv1の構築

因果チェーン

テーゼv1:AI爆需 → ポリシリコン不足
AI需要構造的拡大
TSMC増産ウェーハ消費増
ウェーハ不足供給が追いつかない
多結晶Si不足3社寡占
トクヤマ爆益プライシングパワー

堀4チェック

世界シェア
3社寡占 / 世界2位25%
垂直統合
ウェーハ加工はやらない
供給枯渇
イレブンナイン精製
= 累積的学習効果
乗数効果
チップ原価に占める
比率が極小

垂直統合が△でも、供給枯渇◎と乗数効果◎が強ければ堀は成立する。完璧を待ってたら一生買えない。

セグメント分析:利益レバレッジの発見

電子先端材料は売上の25%だが利益の34%を叩き出している。

■ 売上構成比

化成品
32%
電子先端材料
25%
セメント
18%
その他
25%

■ 営業利益構成比

化成品
34%
電子先端材料
34%
セメント
23%
その他
9%

PERシナリオ分析

弱気
13
電子先端材料 +10%
中立(会社予想)
11
電子先端材料 +46%
強気
10
電子先端材料 +70%

全シナリオでPER15倍以下 — 感度分析クリア

テーゼv1 完成時の5要素

① セクター追い風
AI半導体の構造的需要拡大
② 堀(Moat)
3社寡占 + 累積的学習効果 + 乗数効果◎
③ なぜ今安いか
化学セクター分類 → PER11倍
④ 数字の裏付け
来期PER11倍、弱気でも13倍
⑤ 撤退条件
AI投資縮小 or 寡占崩壊 → 撤退 / PER15超 → 利確
テーゼv1:5要素すべて埋まった
…しかし、本当に因果チェーンは繋がっているか?

Step 2:ストレステスト — 下方修正

2026年1月30日、トクヤマが通期業績予想を下方修正。営業利益 415億円 → 390億円(-6%)。株価は-12.6%急落。

テーゼ崩壊の判定:前提A/B/Cは崩れたか?

前提A:AI需要
崩れてない。AI投資は継続中
前提B:3社寡占
崩れてない。競合参入なし
前提C:市場の無関心
崩れてない。PER12倍のまま

下方修正の主因は化成品セグメントの市況悪化(塩ビ・カセイソーダ)。半導体とは無関係。テーゼ崩壊の判定基準に当てはめると「一時的問題」→ テーゼ生存。

修正後の純利益275億円でもPER約12倍。弱気シナリオ(PER13倍)の範囲内。感度分析が現実の悪材料に耐えた。

教訓

  • テーゼを事前に書いてあれば、-12.6%の急落でもパニックにならない
  • 「崩壊か一時的か」を前提A/B/Cで即座に判定できる
  • 撤退条件を買う前に書く理由:損失回避バイアスを排除するため

Step 3:破壊的検証 — ①が崩壊

発見:シリコンウェーハはAI半導体のボトルネックではない。

真のチョークポイントはCoWoSパッケージングとHBM。ウェーハが足りなくなる前にCoWoSで詰まるため、多結晶シリコンの需要爆発は構造的に起きにくい。

因果チェーンの断裂

テーゼv1:因果チェーンが繋がらない
AI需要構造的拡大
TSMC増産したいが…
CoWoS/HBMで先に詰まる
ウェーハは足りてる
多結晶Siも足りてる

数字の裏付け

指標 数字 意味
AI半導体のウェーハスタート比率 0.2% 売上の20%を生むが消費量は薄い
SUMCO稼働率 76% フル稼働にはほど遠い
3社同時増産 +26,000t/年 需要回復前に供給が増える
SEMI 2027年予測 -6.2% 本格回復は2028年
💥
テーゼv1:①崩壊
AI需要がどれだけ伸びても、ボトルネックがCoWoS/HBMにある限り
ウェーハ需要は上限がかかる

Step 4-5:テーゼv2 — 消耗品で安定成長?

①が壊れたが、②③⑤は健在。別の因果チェーンで①を書き直せないか?

テーゼv2:消耗品ビジネス
半導体工場稼働率上昇
消耗品需要比例して増加
IPA/AlN堀が深い
利益成長?インパクトは?

IPA vs AlN — 面白いが小さい

製品 推定利益 全社比率 1.5倍になると 全社への上乗せ
多結晶Si 80億円 20% 120億円 +40億
IPA 40億円 10% 60億円 +20億
AlN 20億円 5% 40億円 +20億
IPA+AlN合計 60億円 15% 100億円 +40億(+10%)

IPA+AlNが両方1.5倍に成長しても、全社利益への上乗せは+10%。PERを大きく動かすインパクトにはならない。

📊
テーゼv2:インパクト不足
面白い製品があっても、全社利益に対するインパクトが
株価を動かすほど強くない

Step 6:最終判定

① セクター追い風
v1:ウェーハはBNではない / v2:消耗品は全社の15%
② 堀(Moat)
3社寡占 + AlN70%独占 + IPA TSMC囲い込み
③ なぜ今安いか
化学セクター分類でPER11.7倍
④ 数字の裏付け
追い風が全社利益を動かすインパクトがない
⑤ 撤退条件
定義済み(使う機会がなかった)
🚫
結論:買わない
5要素中2つ(①④)が不成立。テーゼの規律に従い見送り。

「良い会社」≠「良い投資先」
堀があってPERが低くても、追い風が全社利益を動かすほど強くなければテーゼは成立しない。

このケーススタディで学んだこと

1. 因果チェーンの各リンクを数字で検証せよ

  • 「AI爆需→ウェーハ不足」は定性的にはもっともらしい
  • しかしウェーハスタートの0.2%、SUMCO稼働率76%という数字を見れば繋がらない
  • 「もっともらしいストーリー」と「数字で裏付けられた因果」は別物

2. ボトルネックの位置が需要波及を決める

  • 因果チェーンの途中にボトルネックがあると、その先に需要が届かない
  • CoWoSで詰まる → ウェーハは余る → 多結晶Siは不足しない
  • L2で学んだ「5大ボトルネック」の知識がここで実践的に効いた

3. 「面白い製品」のインパクトを全社ベースで測れ

  • AlN70%独占は魅力的だが、全社利益の5%
  • IPAのTSMC囲い込みは面白いが、全社利益の10%
  • セグメント分析なしに「この製品すごい!」で買うと罠にはまる

4. テーゼは書いた後に壊しにいけ

  • 5要素が全部埋まった時点で満足しない
  • 構築 → テスト → 破壊 → 代替 → 再検証 → 判断の6ステップ
  • 壊れなかったら本物。壊れたら書き直す。2回壊れたら見送る

5.「買わない」も立派な結論

  • フレームワークは「良い銘柄を見つける」ためだけにあるのではない
  • 「買うべきでないものを確信を持って見送る」ことにも価値がある
  • なんとなく買って後で後悔するより、1日かけて「買わない」と決めるほうが良い