1. 投資テーゼとは何か
投資テーゼとは「なぜ今この会社に投資するか」を構造化した文書。感覚ではなく論理で買い、論理で売る。
テーゼがないとどうなるか
| 状況 | テーゼなし | テーゼあり |
|---|---|---|
| 株価が-15% | パニック売り | テーゼの前提を確認 → 生きてれば保持 |
| 株価が+30% | 利確したいけど迷う | 前提が崩れてないなら保持。③が消えたら利確 |
| 悪いニュースが出た | 「やばいかも…」で判断停止 | 崩壊か一時的かをフレームで判定 |
テーゼは「買う理由」だけでなく「売る理由」「持ち続ける理由」も含む。投資判断のOS。
2. テーゼの5要素
5要素のうち1つでも書けなければ買わない。「なんとなく良さそう」を排除するための規律。
なぜこのセクターか(構造的追い風)
一時的なブームではなく、3〜5年続く構造的な需要拡大があるか。AI半導体はGPU出荷増 × HBM容量増の掛け算で需要が膨らむ構造。
L1 バリューチェーン + L2 チョークポイントなぜこの会社か(堀)
その追い風の中で、なぜこの会社が勝つのか。堀4チェック(世界シェア・垂直統合・供給枯渇・乗数効果)で検証する。
L3 堀(モート)分析なぜ今安いか(市場の見落とし)
堀があるのにPERが低い理由。ここが書けないなら市場はすでに気づいている = 織り込み済み。最も重要で、最も賞味期限が短い要素。
L3 思考ステップの距離 + L4 来期PERどれくらい上がるか(定量的裏付け)
需給ギャップから来期利益を見積もり、来期PERで割安度を測る。感度分析で弱気シナリオでもPER15倍以下か確認。
L4 定量分析 + 感度分析何が起きたら撤退か(撤退条件)
テーゼの前提が崩れるシナリオを買う前に書く。株価ではなく構造で定義する。
新概念(本レッスンで習得)5要素 = L1〜L4の統合
テーゼの5要素は、これまで学んだフレームワークの総決算:
| 要素 | 使うフレームワーク | 学んだレッスン |
|---|---|---|
| ①セクター | バリューチェーン + チョークポイント | L1 + L2 |
| ②堀 | 堀4チェック + プライシングパワー | L3 |
| ③安さ | 思考ステップの距離 + PER分析 | L3 + L4 |
| ④数字 | 需給ギャップ + 感度分析 | L4 |
| ⑤撤退 | テーゼ崩壊 vs 一時的問題 | L5(本レッスン) |
3. SK Hynixで実践 — 「買えない」が正しい答え
HBMのチョークポイント(L2)で学んだSK Hynix。堀もある(L3)。需給ギャップも巨大(L4)。では買えるか?
「買えない」はフレームワークの勝利
SK Hynixは素晴らしい会社。堀もある。需要も見える。
でも③「なぜ今安いか」が書けない = 市場が気づいた後。
「買える会社」ではなく「テーゼが書ける会社」を探す。①②が完璧でも③が書けなければ、正しい判断は「今は買わない」。
テーゼの規律:5要素が1つでも書けなければ買わない。「なんとなく良さそう」を排除するのがテーゼの本質。
4. テーゼの賞味期限
テーゼは生き物。特に③「なぜ今安いか」は時間とともに消えていく。
賞味期限が切れたらどうするか
同じ因果チェーンの川上を線でたどる。SK Hynixが評価されたなら、SK Hynixの上流材料メーカーはまだ評価されていないかもしれない。
| 現象 | 意味 | アクション |
|---|---|---|
| 来期PERが上昇 | 株価が利益成長を超えて先走り | ③が消えていく → 利確タイミングを検討 |
| 来期PERが低下 | 利益成長が株価上昇を上回っている | ③がまだ健在 → 保持 |
来期PERの推移 = テーゼの賞味期限の計器。上昇トレンドなら③が消えかけている。
5. 撤退条件 — 「株価」ではなく「構造」で定義する
撤退条件を買う前に書く。なぜか?
損失回避バイアス
行動経済学の知見:損失の痛みは、同額の利益の喜びの約2倍。
ポジションを持った後に撤退条件を考えると、損失を認めたくない心理が判断を歪める。だから冷静な状態(買う前)に書く。
株価で定義する(NG)
「-15%で損切り」
構造で定義する(OK)
「需要構造が崩れたら撤退」
撤退条件の具体例
| 条件 | 具体的シナリオ | 判定 |
|---|---|---|
| AI投資の構造的縮小 | 主要クラウド事業者のCapExが2四半期連続で減少 | ① 崩壊 → 撤退 |
| 代替技術の台頭 | HBMに代わる新メモリ技術が量産段階に到達 | ② 崩壊 → 撤退 |
| 生産の一時的遅れ | 工場の設備トラブルで1四半期出荷が遅れる | 一時的 → 保持 or 買い増し |
| 他事業の損失 | 半導体以外のセグメントで一時的な減益 | 一時的 → テーゼと無関係なら保持 |
6. テーゼ崩壊 vs 一時的問題
悪いニュースが出たとき、パニックにならず「テーゼの前提が崩れたか」だけを見る。
テーゼ崩壊(即撤退)
- 需要消滅 — AIブームの構造的終焉
- 代替技術 — HBMに代わる技術の量産化
- 堀の崩壊 — 寡占構造が崩れ新規参入
一時的問題(保持 or 買い増し)
- 生産遅れ — 設備トラブルで出荷が1Q遅延
- 他事業損失 — テーゼと無関係のセグメント減益
- 為替の一時変動 — 構造とは無関係の外部要因
判定フレーム:3つの前提をチェック
テーゼの前提を3つに分解して、どれが崩れたかを判定する:
| 前提 | 内容 | 崩れた場合 |
|---|---|---|
| 前提A(需要) | セクターの構造的追い風は続いているか | 即撤退 |
| 前提B(堀) | この会社の競争優位は維持されているか | 即撤退 |
| 前提C(安さ) | 市場はまだ気づいていないか | 利確検討(成功!) |
前提A・Bの崩壊 = テーゼ崩壊(撤退)。前提Cの消滅 = テーゼ成功(利確)。同じ「前提が消える」でも意味が正反対。
7. 実例:友人のディスコ購入を分析する
友人が「ディスコ(6146)を買った」と言ったとき、テーゼ5要素で分析できるか?
友人の判断を5要素で分解
| 要素 | 友人の認識 | 問題点 |
|---|---|---|
| ① セクター | AI半導体は伸びる | 合っている |
| ② 堀 | ダイシング世界トップ | 合っている |
| ③ 安さ | 考えていない | PER 50倍超 = 市場が完全に気づいている |
| ④ 数字 | 考えていない | 上値余地の定量的裏付けなし |
| ⑤ 撤退 | 考えていない | 出口戦略なし |
①②は合っている。でも③④⑤が欠落。テーゼ5要素のうち3つが書けていない状態で買っている = 「なんとなく良さそう」で買っている。
8. L5のまとめ — フレームワーク完成
L1〜L5 フレームワークの全体像
| Level | テーマ | 身につく力 |
|---|---|---|
| L1 | 地図を持つ | バリューチェーン全体を見渡す力 |
| L2 | ボトルネックの目 | 供給制約を見抜く力 |
| L3 | 堀を見る目 | 競争優位の持続性を判定する力 |
| L4 | 数字で語る | 定性判断を定量的に裏付ける力 |
| L5 | テーゼを書く | すべてを統合して投資判断を下す力 |
Phase 1 完了。次はPhase 2 — 実企業でテーゼ5要素を全部埋める実践へ。
🧠 セルフチェック
Q1: テーゼの5要素をすべて挙げよ。
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①なぜこのセクターか(構造的追い風)、②なぜこの会社か(堀)、③なぜ今安いか(市場の見落とし)、④どれくらい上がるか(定量的裏付け)、⑤何が起きたら撤退か(撤退条件)。1つでも書けなければ買わない。
Q2: SK Hynixは堀があり需要も見える。なぜ「今は買えない」と判断するか?
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③「なぜ今安いか」が書けないから。市場はすでにHBMのストーリーを知っており、PERが上昇済み。①②が完璧でも③が書けなければ買わない — これがテーゼの規律。
Q3: 撤退条件を「株価-15%」ではなく「構造」で定義すべき理由は?
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損失回避バイアス(損失の痛み ≈ 利益の喜び × 2)があるため、ポジション保有中は判断が歪む。株価で定義するとテーゼが生きているのに売ってしまったり、崩壊しているのに「まだ大丈夫」と持ち続けてしまう。構造(需要・堀・安さ)で定義すれば、株価変動に振り回されない。
Q4: テーゼの前提A(需要)が崩壊した場合と前提C(安さ)が消えた場合、それぞれどうするか?
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前提A崩壊 = テーゼ崩壊 → 即撤退。前提C消滅 = テーゼ成功 → 利確。同じ「前提が消える」でも意味は正反対。Aは需要構造の崩壊(AI投資が構造的に縮小)、Cは市場が追いついた(PERが上がって③が書けなくなった)。
Q5: テーゼの賞味期限が切れたら次にどうするか?
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同じ因果チェーンの川上を「線でたどる」。市場が気づいた企業の上流には、まだ市場が見ていない企業がいる可能性が高い。味の素/ABFフィルムは、その実例(TSMC/CoWoS経由でたどれる)。