0. 言葉から数字へ
L3まではずっと言葉で語ってきた。「ASMLは独占」「HBMは供給不足」「信越は堀がある」——全部正しい。でも投資家として致命的に足りないものがある。
L3までの限界
| レベル | できるようになったこと | 足りないこと |
|---|---|---|
| L1 | バリューチェーンを説明できる | 全部「定性的」。数字がない。 |
| L2 | ボトルネックを見つけられる | |
| L3 | 堀を判定できる |
「HBMは供給不足だ」——じゃあ需要は何GB?供給は何GB?ギャップは何%?答えられないなら、投資行動は決められない。
1. なぜ数字が必要か — 同じ言葉、違う賭け方
2人の投資家がいるとする。2人とも同じことを言っている。
A 投資家A
「HBMは供給不足だ。SK Hynix買い。」
「来年には解消するかも」→ 短期
B 投資家B
「HBMは供給不足だ。SK Hynix買い。」
「2-3年は逼迫続く」→ 中長期で持てる
数字が決める3つのこと
| # | 項目 | 数字がないと | 数字があると |
|---|---|---|---|
| 1 | 確信度 | 「なんとなく買い」 | ギャップ50% → 強く張れる |
| 2 | 時間軸 | いつ売るかわからない | ギャップ解消まで2-3年 → 持てる期間がわかる |
| 3 | 織り込み度 | 今の株価が高いか安いかわからない | PERが10%不足 vs 50%不足どちらを織り込んでいるか測れる |
L3で学んだ「市場認知ギャップ」を、感覚ではなく数字で測る。それがL4。
2. 需要を定量化する — 掛け算の爆発
HBMの需要量をGB単位で計算する。必要な数字は2つだけ。
ここで面白いことが起きている。世代ごとに1個あたりHBM容量がどう変わるか:
GPU世代ごとのHBM搭載量
| GPU | HBM世代 | 搭載容量 | 前世代比 |
|---|---|---|---|
| H100 | HBM3 | 80 GB | — |
| H200 | HBM3e | 141 GB | +76% |
| B200 | HBM3e | 192 GB | +36% |
掛け算の両辺が同時に膨らむ
仮にGPU出荷数が横ばいだったとしても:
| 世代 | 出荷数(仮) | 容量/個 | HBM総需要 |
|---|---|---|---|
| H100 | 100万個 | 80 GB | 8,000万 GB |
| B200 | 100万個 | 192 GB | 1.92億 GB |
出荷数が同じでも、HBM需要は2.4倍に膨らむ。
掛け算の両辺が同時に膨らむ = 需要は指数的に爆発する。定性的に「需要増」と言うだけでは、この爆発力が見えない。
3. 供給を定量化する — 歩留まりの壁
L2で学んだHBMの歩留まり(0.95n層)を、実際に数字で見る。
HBM世代と歩留まり
| 世代 | 積層数 | 理論歩留まり(0.95n) | 100個投入 → 良品 |
|---|---|---|---|
| HBM3 | 8層 | 約66% | 66個 |
| HBM3e | 8層 | 約66% | 66個 |
| HBM4 | 12層 | 約54% | 54個 |
供給が伸びにくい構造
HBM4世代に移ると、同じ設備投資をしても良品が2割減る。
需要側と供給側を並べると、構造が見える:
| 方向 | 理由 | |
|---|---|---|
| 需要 | ↑↑ 掛け算で爆発 | GPU個数 × HBM容量/個、両方増加 |
| 供給 | → 伸びにくい | 歩留まり悪化(0.95n)+ 設備投資にリードタイム |
需要の掛け算爆発 vs 供給の歩留まり制約 = ギャップは拡大する方向。
4. ギャップ → 利益への変換
需給ギャップがあると、何が起きるか。L3で学んだ概念が効いてくる。
3つの条件が揃うとき
- 需要 > 供給(需給ギャップ)→ 作れば全部売れる
- 代替なし(HBM作れるのは3社だけ)→ 客は逃げない
- 乗数効果(HBMはGPUシステム全体の一部)→ 値上げしても受け入れる
この3つが揃うと:
| 項目 | 効果 |
|---|---|
| 売上 | ↑ 増える(数量増) |
| 単価 | ↑ 上がる(プライシングパワー) |
| 利益率 | ↑↑ 跳ね上がる(単価UP + 固定費は同じ) |
需給ギャップの数字が、利益率の変化として現れる。数字を入れて初めて「どれだけ儲かるか」がわかる。
5. 実践 — SK Hynixで利益を見積もる
架空の数字でフレームを回してみる。
前提条件(仮の数字)
| 今期 純利益 | 1兆円 |
| 時価総額 | 15兆円 |
| 今期 PER | 15倍(= 15兆 ÷ 1兆) |
| 需給ギャップ | 需要が供給の1.5倍(50%不足) |
| 来期 HBM単価変化 | +30% |
| HBMの売上構成比 | 40% |
来期利益の見積もり
| 項目 | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| HBM売上(今期) | 1兆 × 40% | 4,000億 |
| HBM売上(来期) | 4,000億 × 1.1(量)× 1.3(単価) | 5,720億 |
| HBM増分 | 5,720 - 4,000 | +1,720億 |
| 来期 純利益 | 1兆 + 1,720億 | 約1.17兆円 |
注意:需給ギャップ1.5倍は「需要が供給の1.5倍」というギャップの大きさであり、出荷量が1.5倍になるという意味ではない。供給制約下では出荷量の伸びは限定的(+10%と仮定)。ギャップが生むのは単価の上昇。
来期PERで「織り込み度」を測る
| 利益 | PER | パウロ基準(15倍以下) | |
|---|---|---|---|
| 今期 | 1兆円 | 15倍 | ギリギリ |
| 来期 | 1.17兆円 | 12.8倍 | 余裕でクリア |
定性分析だけの投資家は「PER15、微妙だな」で終わる。
数字を入れた投資家は「来期PER13倍まで下がる、今が買い時だ」と判断できる。
6. 感度分析 — 最悪でも結論は変わるか?
ここまでの計算は全部仮定の数字の上に建っている。単価+30%が+10%だったら?出荷量が横ばいだったら?
仮定が変わったら結論がどう変わるかをチェックする。これが感度分析(Sensitivity Analysis)。
| シナリオ | HBM単価 | 出荷量 | 来期利益 | 来期PER |
|---|---|---|---|---|
| 強気 | +30% | +10% | 1.17兆円 | 12.8倍 |
| 中立 | +15% | +5% | 1.08兆円 | 13.9倍 |
| 弱気 | +5% | ±0% | 1.02兆円 | 14.7倍 |
感度分析の核心
最悪のケースでも結論が変わらないなら、確信を持って張れる。
逆に、強気でPER12倍だけど弱気でPER18倍——こういうときは「シナリオ次第」だから慎重になる。
| 感度分析の結果 | 投資判断 |
|---|---|
| 全シナリオで基準クリア | 確信を持って買い |
| シナリオによって割れる | 慎重に。ポジション小さく |
| 強気でもギリギリ | 見送り。別の銘柄を探す |
7. 補足 — 同じボトルネック、違う投資妙味
L2で学んだ5大ボトルネックのうち、HBMとCoWoSで比較する。
売上構成比で投資妙味が変わる
| SK Hynix(HBM) | TSMC(CoWoS) | |
|---|---|---|
| ボトルネック | HBM | CoWoS |
| 企業全体の売上に占める比率 | 約40% | 一部 |
| ボトルネック解消の利益インパクト | 大きい | 限定的 |
| 需給ギャップの数字化 | GPU出荷数 × HBM容量 | GPU出荷数 × インターポーザ面積 |
同じボトルネックでも、その企業の売上構成比でインパクトが変わる。数字を入れないと、この違いが見えない。
8. L4 定量分析フレームワーク
ここまでで学んだステップを整理する。
需要を定量化
GPU出荷数 × HBM容量/個。掛け算の両辺が膨らむ構造に注目
供給を定量化
設備能力 × 歩留まり(0.95n層)。世代が進むと良品率が落ちる
ギャップ → 利益変化を見積もる
需給ギャップ → 単価UP → 売上構成比 → 利益率改善
来期PERで織り込み度を測る
来期利益 ÷ 時価総額 → パウロ基準15倍以下か?
感度分析で確信度を測る
強気/中立/弱気 → 最悪ケースでも結論が変わらないか?
L4の一言まとめ
定性分析(L1〜L3)で「何を買うか」を決め、定量分析(L4)で「本当に買うか」「どれだけ張るか」を決める。
📖 このページの用語集
| 用語 | 意味 | 一言で |
|---|---|---|
| 定量分析 | 需給ギャップや利益変化を数字で裏付ける分析手法 | 「どれくらい?」に答える |
| 需給ギャップ | 需要と供給の差。需要 > 供給のとき「不足」 | ギャップの大きさが賭け方を決める |
| 掛け算の爆発 | 需要 = 個数 × 容量の両辺が同時に増える構造 | 定性分析では見えない需要の伸び |
| 歩留まり | 投入に対する良品の割合。0.95nで計算 | 層が増えるほど悪化 |
| 来期PER | 来期予想利益で計算したPER。今期PERより重要 | 「今の株価は来期を織り込んでいるか?」 |
| 感度分析 | 仮定を変えて結論が変わるか検証する手法 | 最悪でもOKなら確信を持って張れる |
| 売上構成比 | 特定製品の売上が全体に占める割合 | 比率が高いほど利益インパクト大 |
| プライシングパワー | 需給ギャップ + 独占 + 乗数効果で生まれる価格決定力 | 値上げしても売上が減らない |
🧠 セルフチェック
Q1: 同じ「HBMは供給不足だ」という定性分析でも、数字によって投資行動が変わる理由を3つ挙げよ。
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(1) 確信度 — ギャップが大きいほど強く張れる。(2) 時間軸 — ギャップがいつ解消するかで持てる期間が変わる。(3) 織り込み度 — 今のPERがどの程度のギャップを織り込んでいるかで割安/割高が変わる。
Q2: HBM需要が「掛け算で爆発する」とはどういう意味か?
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HBM需要 = GPU出荷数 × 1個あたりHBM容量。GPU出荷数も増加中、1個あたり搭載量も世代ごとに増加(H100: 80GB → B200: 192GB)。掛け算の両辺が同時に膨らむため、需要は指数的に増大する。出荷数が横ばいでもHBM需要は2.4倍になる。
Q3: HBM4(12層)の理論歩留まりは約何%か?HBM3(8層)と比べてどう変わるか?
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HBM3(8層): 0.95^8 ≈ 66%。HBM4(12層): 0.95^12 ≈ 54%。同じ設備投資をしても、HBM4世代では良品が約2割減る。供給は設備投資だけでは簡単に増えない。
Q4: 今期PER 15倍の企業が「買い」かどうかをL4的に判断するプロセスを説明せよ。
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今期PERだけでは判断できない。(1) 需給ギャップを数字で出す → (2) 来期の利益変化を見積もる(単価UP × 数量 × 売上構成比)→ (3) 来期PERを算出(時価総額 ÷ 来期利益)→ (4) 感度分析で強気/中立/弱気シナリオでも15倍以下か確認。全シナリオでクリアなら確信を持って買い。
Q5: 感度分析で「全シナリオPER 15倍以下」と「シナリオによって割れる」の場合、投資行動はそれぞれどう変わるか?
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全シナリオで15倍以下 → 最悪ケースでも結論が変わらない → 確信を持って大きくポジションを取れる。シナリオで割れる → 仮定次第で結論が変わる → 慎重に小さいポジションで、状況を見ながら判断。
Q6: 同じ「ボトルネック」でも、SK HynixのHBMとTSMCのCoWoSで投資妙味が異なる理由は?
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売上構成比の違い。HBMはSK Hynix売上の約40%を占めるため、HBM単価上昇の利益インパクトが大きい。一方、CoWoSはTSMCの売上の一部にすぎず、同じボトルネック解消でもTSMC全体の利益への寄与は限定的。数字を入れないとこの違いが見えない。