Lesson 6 — 堀(モート)を見る目:なぜその優位性は崩れないのか

Level 3 2026-02-26 軸: 構造 / 金流 / 市場心理

ボトルネックを見つけるだけでは足りない。その会社の利益が「5年後も守られているか」を判定する4つのチェックポイントと、「堀があるのに安い企業」を見つける思考法を学ぶ。

0. ボトルネック → 堀へ

L2では「どこが詰まっているか」を見る目を養った。L3では「なぜその会社の優位性は崩れないのか」を見る。

投資家にとっての問い

ボトルネックを見つけた → その会社に投資する?

その前に確認すべきこと:

  • その優位性は5年後も維持されるか?
  • 他社が追いつく可能性は?
  • その優位性を利益に変換できる構造か?

この「優位性の持続可能性」を判定するのが堀(モート)分析

1. 堀の4チェックポイント

パウロが企業の堀を判定するとき、この4つを見る。

1 世界シェア

その市場で50%以上、または2〜3社の寡占か?

問い:他に誰がやれるか?

2 垂直統合

川上(原材料・部品)から川下(納品先)まで自社で押さえているか?

問い:サプライヤーに首根っこを掴まれていないか?

3 供給枯渇

原材料・設備・人材が物理的に足りないか?新規参入に何年かかるか?

問い:金を積めば明日から作れるか?

4 乗数効果

最終製品の値段に対して部品コストが小さいか?値上げしても顧客が受け入れるか?

問い:10%値上げしたら顧客は逃げるか?

4つが揃うと何が起きるか

シェアが高い(代替なし)+ 垂直統合(サプライチェーン支配)+ 供給枯渇(参入不可)+ 乗数効果(値上げ可能)

= プライシングパワー(価格決定力)

売上が伸びなくても、利益率を上げられる。これが投資家にとって最強の堀。

2. 深掘り — 乗数効果とプライシングパワー

4つの中で最も直感的にわかりにくいのが乗数効果。ASMLで具体的に見る。

ASMLの乗数効果
EUV装置 1台 約200億円
TSMCが装置寿命で生む売上 数千億〜数兆円
装置代はTSMCの売上の数%以下 → 10%値上げされても「誤差」 → 買うしかない

「10%値上げしたら何が起きる?」

ASML側TSMC側
値上げ前 装置200億円 総売上の数%
10%値上げ後 装置220億円
→ 利益+20億円
コスト+20億円
→ 売上数千億円から見て誤差
TSMCの反応 「高いけど買うしかない」

乗数効果 = 顧客が「高い」と感じない構造。独占 + 乗数効果 = プライシングパワー。

3. 実践 #1 — ASMLの堀分析

ASML — EUV露光装置(世界唯一)
世界シェア
EUV 100%。文字通り世界でASML 1社だけ
垂直統合
光源メーカーサイマーを買収済。ミラーのカールツァイスに出資。核心部品を資本関係で押さえている
供給枯渇
部品点数10万点以上。カールツァイスのミラーは原子数個の精度。累積的学習効果により設計図を渡されても再現不可能
乗数効果
装置200億円 vs TSMCの売上数千億〜数兆円。値上げしても顧客は逃げない

ASMLの垂直統合のポイント

核心部品サプライヤーASMLとの関係
反射ミラーカールツァイス(独)出資(資本関係)
光源サイマー/トルンプ買収済
真空・制御ASML自社内製
全体統合ASML自社唯一のインテグレーター

他社が「同じ部品を集めて組み立てればいい」ができない理由:核心部品がASMLに資本関係で囲い込まれている。

4. 実践 #2 — 信越化学工業の堀分析

ASMLほど有名ではないが、堀4チェックが揃う企業の例。

信越化学工業 — シリコンウェハ(世界シェア約30%)
世界シェア
信越30% + SUMCO 25% = 2社で55%の寡占
垂直統合
原料の多結晶シリコンを自社生産。川上を押さえている
供給枯渇
珪石(砂)は豊富だが、半導体用は純度99.999999999%(イレブンナイン)が必要。新規参入に5〜10年+数千億円
乗数効果
ウェハ原価はチップ売価の数%以下。値上げしても顧客は受け入れる

供給枯渇の盲点 — 「原材料は余ってるのに」パターン

シリコン(珪石)は地球上で2番目に多い元素。砂。いくらでもある。

でも半導体用ウェハは純度イレブンナイン(99.999999999%)が必要:

段階純度用途
珪石(砂)〜99%ガラス、セメント
金属シリコン99.9%太陽光パネル
半導体用99.999999999%ウェハ

原材料が余っていても、「加工できる会社」が枯渇していれば供給枯渇は成立する。

5. 核心 — 堀がある ≠ 最高の投資先

ASMLも信越化学も堀は完璧。でもパウロの投資判断はここで終わらない。

堀が完璧な企業の罠

堀が完璧 → みんな知ってる → 株価に織り込み済み → PERが高い → リターンが限られる

NVIDIA
PER 50倍+
15倍ライン
ASML
PER 30〜40倍
信越化学
PER 20倍台
パウロの狙い
PER 15倍以下

「素晴らしい会社」と「素晴らしい投資先」は別物。 パウロが狙うのは:

6. 「思考ステップの距離」— 隠れた堀企業を見つける方法

なぜ「堀がある」のに「PER15倍以下」という状態が生まれるのか?

市場の思考 vs パウロの思考

1ステップ
AI儲かる NVIDIA買おう! PER 50+
2ステップ
GPU作る TSMC買おう PER 25+
3ステップ
TSMCで製造 ウェハ必要 信越化学 PER 20台
4ステップ
ウェハ研磨 研磨剤が必須 扶桑化学工業 PER 10台

PERが低い堀企業が生まれる3パターン

パターンなぜ見えないか
川上すぎて見えない 最終製品から遠い。素材・化学品 研磨剤、フォトレジスト、特殊ガス
名前が地味 社名に「半導体」が入っていない 扶桑化学工業、味の素ファインテクノ
BtoB専業 一般消費者が触れない。報道されない 装置部品メーカー、検査薬メーカー

7. 企業を「点」ではなく「線」で見る

パウロの分析の最大の特徴:1社を分析して終わりにしない。その会社の取引先をたどって、バリューチェーンの上流へ上流へと掘り進める。

パウロの分析プロセス

  1. チョークポイント企業を特定する(L2の技術)
  2. その企業の取引先・仕入先を洗い出す
  3. 各取引先に堀4チェックを適用する
  4. PER 15倍以下で堀が揃う企業を探す
  5. さらにその企業の取引先をたどる(1段、2段、3段…)

企業は孤立していない。線をたどれば、市場が見ていない堀企業にたどり着く。

実例:NVIDIAからの線をたどる

距離企業何をしている市場の注目度
0段目NVIDIAGPU設計超高い
1段目TSMCGPU製造高い
2段目信越化学ウェハ供給中程度
3段目扶桑化学工業CMP研磨剤低い

距離が離れるほど市場の注目度が下がり、PERが下がる。堀は同じなのに。

8. 練習 — 企業Xの堀判定

以下の情報だけで、堀4チェックのうちどれが「ある」と言え、どれが「わからない」か?

企業Xのプロフィール

世界シェア70%(2位は15%)
顧客TSMCとサムスン
製品コスト最終チップ価格の1%以下
PER12倍
社名「半導体」は入っていない
企業X — 堀4チェック判定
世界シェア
判定できる — 70%で2位の4倍以上。圧倒的寡占
垂直統合
わからない — 川上を押さえているかの情報がない
供給枯渇
わからない — 他社が参入しようとして物理的にできないかは情報不足
乗数効果
判定できる — チップ価格の1%以下。値上げしても顧客は受け入れる

「わからない」と言えることの価値

投資で損するのは、わからないものを「ある」と思い込むとき。

堀4チェックで「?」が残ったら、調べてから判断する。それが定量分析(L4)の仕事。

9. L3のまとめ — パウロの投資候補3条件

「面白い投資候補」の3条件

#条件判定方法
1 堀がある 4チェック(世界シェア・垂直統合・供給枯渇・乗数効果)
2 市場が気づいていない PER 15倍以下。「アホでもわかる」企業は織り込み済み
3 線をたどって見つかる 取引先を1段、2段、3段と掘り進める。距離が遠いほど市場は見ていない

企業を点で見るな、線で見ろ。バリューチェーンの奥にこそ、市場が見落とした宝が眠っている。

📖 このページの用語集

用語意味一言で
堀(モート)競合が容易に真似できない構造的優位性5年後も利益を守れる壁
世界シェア堀4チェックの1つ。50%以上 or 2-3社寡占「他に誰がやれるか?」
垂直統合川上から川下まで自社グループで押さえるサプライヤーに首根っこを掴まれない
供給枯渇原材料・設備・人材が物理的に足りない状態金を積んでも明日からは作れない
乗数効果最終製品に対する部品コスト比率が小さい値上げしても顧客が「まあいいか」
プライシングパワー価格決定力。値上げしても売上が減らない独占 + 乗数効果で生まれる
PER株価収益率。株価 / 1株利益市場の期待値の指標
認知ギャップ堀の強さとPERの乖離堀があるのに安い = 投資チャンス
思考ステップの距離最終製品からの因果チェーンの段数遠いほど市場に見えにくい
CMPChemical Mechanical Polishing(化学機械研磨)ウェハ表面を原子レベルで平坦にする
イレブンナイン純度99.999999999%半導体用シリコンウェハに必要な純度

🧠 セルフチェック

Q1: 堀の4チェックポイントを全て挙げよ。

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(1) 世界シェア(50%以上 or 寡占)、(2) 垂直統合(川上を押さえているか)、(3) 供給枯渇(物理的に参入不可能か)、(4) 乗数効果(値上げしても顧客が受け入れるか)。4つが揃うとプライシングパワーが生まれる。

Q2: 乗数効果とは何か?ASMLを例に説明せよ。

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最終製品の価格に対して部品コストが小さいこと。ASML EUV装置は約200億円だが、TSMCがその装置で生む売上は数千億〜数兆円。装置代は売上の数%以下なので、10%値上げされても誤差 → TSMCは「高いけど買うしかない」。これがプライシングパワー。

Q3: 堀が完璧な企業が「最高の投資先」ではない理由は?

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堀が完璧 → みんな知ってる → 株価に織り込み済み → PERが高い → リターンが限られる。ASMLのPERは30〜40倍。「素晴らしい会社」と「素晴らしい投資先」は別物。

Q4: 「思考ステップの距離」とは何か?なぜ距離が遠い企業のPERは低くなるか?

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最終製品(GPU等)から因果チェーンを何段たどれば到達するかの距離。1ステップ(AI→NVIDIA)は誰でもたどり着く。4ステップ(AI→GPU→TSMC→ウェハ研磨→扶桑化学)まで追いかける投資家はほとんどいない。見る人が少ない → PERに織り込まれない → 安い。堀は同じなのに。

Q5: 信越化学のシリコンウェハで「供給枯渇」が成立する理由は?原材料は地球上に豊富にあるのに。

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珪石(砂)は豊富だが、半導体用ウェハは純度99.999999999%(イレブンナイン)が必要。この精製技術と300mmの欠陥ゼロ結晶引き上げ技術は新規参入に5〜10年+数千億円。原材料が余っていても「加工できる会社が枯渇」していれば供給枯渇は成立する。

Q6: パウロの「面白い投資候補」の3条件は?

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(1) 堀がある(4チェックが揃う)、(2) 市場が気づいていない(PER 15倍以下)、(3) バリューチェーンを線でたどって見つかる(取引先を1段、2段と掘り進める)。企業を点で見るな、線で見ろ。