0. ボトルネック → 堀へ
L2では「どこが詰まっているか」を見る目を養った。L3では「なぜその会社の優位性は崩れないのか」を見る。
投資家にとっての問い
ボトルネックを見つけた → その会社に投資する?
その前に確認すべきこと:
- その優位性は5年後も維持されるか?
- 他社が追いつく可能性は?
- その優位性を利益に変換できる構造か?
この「優位性の持続可能性」を判定するのが堀(モート)分析。
1. 堀の4チェックポイント
パウロが企業の堀を判定するとき、この4つを見る。
世界シェア
その市場で50%以上、または2〜3社の寡占か?
垂直統合
川上(原材料・部品)から川下(納品先)まで自社で押さえているか?
供給枯渇
原材料・設備・人材が物理的に足りないか?新規参入に何年かかるか?
乗数効果
最終製品の値段に対して部品コストが小さいか?値上げしても顧客が受け入れるか?
4つが揃うと何が起きるか
シェアが高い(代替なし)+ 垂直統合(サプライチェーン支配)+ 供給枯渇(参入不可)+ 乗数効果(値上げ可能)
= プライシングパワー(価格決定力)
売上が伸びなくても、利益率を上げられる。これが投資家にとって最強の堀。
2. 深掘り — 乗数効果とプライシングパワー
4つの中で最も直感的にわかりにくいのが乗数効果。ASMLで具体的に見る。
「10%値上げしたら何が起きる?」
| ASML側 | TSMC側 | |
|---|---|---|
| 値上げ前 | 装置200億円 | 総売上の数% |
| 10%値上げ後 | 装置220億円 → 利益+20億円 |
コスト+20億円 → 売上数千億円から見て誤差 |
| TSMCの反応 | 「高いけど買うしかない」 | |
乗数効果 = 顧客が「高い」と感じない構造。独占 + 乗数効果 = プライシングパワー。
3. 実践 #1 — ASMLの堀分析
ASMLの垂直統合のポイント
| 核心部品 | サプライヤー | ASMLとの関係 |
|---|---|---|
| 反射ミラー | カールツァイス(独) | 出資(資本関係) |
| 光源 | サイマー/トルンプ | 買収済 |
| 真空・制御 | ASML自社 | 内製 |
| 全体統合 | ASML自社 | 唯一のインテグレーター |
他社が「同じ部品を集めて組み立てればいい」ができない理由:核心部品がASMLに資本関係で囲い込まれている。
4. 実践 #2 — 信越化学工業の堀分析
ASMLほど有名ではないが、堀4チェックが揃う企業の例。
供給枯渇の盲点 — 「原材料は余ってるのに」パターン
シリコン(珪石)は地球上で2番目に多い元素。砂。いくらでもある。
でも半導体用ウェハは純度イレブンナイン(99.999999999%)が必要:
| 段階 | 純度 | 用途 |
|---|---|---|
| 珪石(砂) | 〜99% | ガラス、セメント |
| 金属シリコン | 99.9% | 太陽光パネル |
| 半導体用 | 99.999999999% | ウェハ |
原材料が余っていても、「加工できる会社」が枯渇していれば供給枯渇は成立する。
5. 核心 — 堀がある ≠ 最高の投資先
ASMLも信越化学も堀は完璧。でもパウロの投資判断はここで終わらない。
堀が完璧な企業の罠
堀が完璧 → みんな知ってる → 株価に織り込み済み → PERが高い → リターンが限られる
「素晴らしい会社」と「素晴らしい投資先」は別物。 パウロが狙うのは:
- 堀4チェックが揃っている
- でもPERが15倍以下
- つまり市場が「地味な会社」と見ている
6. 「思考ステップの距離」— 隠れた堀企業を見つける方法
なぜ「堀がある」のに「PER15倍以下」という状態が生まれるのか?
市場の思考 vs パウロの思考
PERが低い堀企業が生まれる3パターン
| パターン | なぜ見えないか | 例 |
|---|---|---|
| 川上すぎて見えない | 最終製品から遠い。素材・化学品 | 研磨剤、フォトレジスト、特殊ガス |
| 名前が地味 | 社名に「半導体」が入っていない | 扶桑化学工業、味の素ファインテクノ |
| BtoB専業 | 一般消費者が触れない。報道されない | 装置部品メーカー、検査薬メーカー |
7. 企業を「点」ではなく「線」で見る
パウロの分析の最大の特徴:1社を分析して終わりにしない。その会社の取引先をたどって、バリューチェーンの上流へ上流へと掘り進める。
パウロの分析プロセス
- チョークポイント企業を特定する(L2の技術)
- その企業の取引先・仕入先を洗い出す
- 各取引先に堀4チェックを適用する
- PER 15倍以下で堀が揃う企業を探す
- さらにその企業の取引先をたどる(1段、2段、3段…)
企業は孤立していない。線をたどれば、市場が見ていない堀企業にたどり着く。
実例:NVIDIAからの線をたどる
| 距離 | 企業 | 何をしている | 市場の注目度 |
|---|---|---|---|
| 0段目 | NVIDIA | GPU設計 | 超高い |
| 1段目 | TSMC | GPU製造 | 高い |
| 2段目 | 信越化学 | ウェハ供給 | 中程度 |
| 3段目 | 扶桑化学工業 | CMP研磨剤 | 低い |
距離が離れるほど市場の注目度が下がり、PERが下がる。堀は同じなのに。
8. 練習 — 企業Xの堀判定
以下の情報だけで、堀4チェックのうちどれが「ある」と言え、どれが「わからない」か?
企業Xのプロフィール
| 世界シェア | 70%(2位は15%) |
| 顧客 | TSMCとサムスン |
| 製品コスト | 最終チップ価格の1%以下 |
| PER | 12倍 |
| 社名 | 「半導体」は入っていない |
「わからない」と言えることの価値
投資で損するのは、わからないものを「ある」と思い込むとき。
堀4チェックで「?」が残ったら、調べてから判断する。それが定量分析(L4)の仕事。
9. L3のまとめ — パウロの投資候補3条件
「面白い投資候補」の3条件
| # | 条件 | 判定方法 |
|---|---|---|
| 1 | 堀がある | 4チェック(世界シェア・垂直統合・供給枯渇・乗数効果) |
| 2 | 市場が気づいていない | PER 15倍以下。「アホでもわかる」企業は織り込み済み |
| 3 | 線をたどって見つかる | 取引先を1段、2段、3段と掘り進める。距離が遠いほど市場は見ていない |
企業を点で見るな、線で見ろ。バリューチェーンの奥にこそ、市場が見落とした宝が眠っている。
📖 このページの用語集
| 用語 | 意味 | 一言で |
|---|---|---|
| 堀(モート) | 競合が容易に真似できない構造的優位性 | 5年後も利益を守れる壁 |
| 世界シェア | 堀4チェックの1つ。50%以上 or 2-3社寡占 | 「他に誰がやれるか?」 |
| 垂直統合 | 川上から川下まで自社グループで押さえる | サプライヤーに首根っこを掴まれない |
| 供給枯渇 | 原材料・設備・人材が物理的に足りない状態 | 金を積んでも明日からは作れない |
| 乗数効果 | 最終製品に対する部品コスト比率が小さい | 値上げしても顧客が「まあいいか」 |
| プライシングパワー | 価格決定力。値上げしても売上が減らない | 独占 + 乗数効果で生まれる |
| PER | 株価収益率。株価 / 1株利益 | 市場の期待値の指標 |
| 認知ギャップ | 堀の強さとPERの乖離 | 堀があるのに安い = 投資チャンス |
| 思考ステップの距離 | 最終製品からの因果チェーンの段数 | 遠いほど市場に見えにくい |
| CMP | Chemical Mechanical Polishing(化学機械研磨) | ウェハ表面を原子レベルで平坦にする |
| イレブンナイン | 純度99.999999999% | 半導体用シリコンウェハに必要な純度 |
🧠 セルフチェック
Q1: 堀の4チェックポイントを全て挙げよ。
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(1) 世界シェア(50%以上 or 寡占)、(2) 垂直統合(川上を押さえているか)、(3) 供給枯渇(物理的に参入不可能か)、(4) 乗数効果(値上げしても顧客が受け入れるか)。4つが揃うとプライシングパワーが生まれる。
Q2: 乗数効果とは何か?ASMLを例に説明せよ。
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最終製品の価格に対して部品コストが小さいこと。ASML EUV装置は約200億円だが、TSMCがその装置で生む売上は数千億〜数兆円。装置代は売上の数%以下なので、10%値上げされても誤差 → TSMCは「高いけど買うしかない」。これがプライシングパワー。
Q3: 堀が完璧な企業が「最高の投資先」ではない理由は?
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堀が完璧 → みんな知ってる → 株価に織り込み済み → PERが高い → リターンが限られる。ASMLのPERは30〜40倍。「素晴らしい会社」と「素晴らしい投資先」は別物。
Q4: 「思考ステップの距離」とは何か?なぜ距離が遠い企業のPERは低くなるか?
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最終製品(GPU等)から因果チェーンを何段たどれば到達するかの距離。1ステップ(AI→NVIDIA)は誰でもたどり着く。4ステップ(AI→GPU→TSMC→ウェハ研磨→扶桑化学)まで追いかける投資家はほとんどいない。見る人が少ない → PERに織り込まれない → 安い。堀は同じなのに。
Q5: 信越化学のシリコンウェハで「供給枯渇」が成立する理由は?原材料は地球上に豊富にあるのに。
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珪石(砂)は豊富だが、半導体用ウェハは純度99.999999999%(イレブンナイン)が必要。この精製技術と300mmの欠陥ゼロ結晶引き上げ技術は新規参入に5〜10年+数千億円。原材料が余っていても「加工できる会社が枯渇」していれば供給枯渇は成立する。
Q6: パウロの「面白い投資候補」の3条件は?
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(1) 堀がある(4チェックが揃う)、(2) 市場が気づいていない(PER 15倍以下)、(3) バリューチェーンを線でたどって見つかる(取引先を1段、2段と掘り進める)。企業を点で見るな、線で見ろ。