Lesson 5 — 5大ボトルネック:どこが詰まると全部止まるか

Level 2 2026-02-26 軸: 技術 / 構造 / 金流 / 地政学 / 市場心理

バリューチェーンの「急所」を見抜く。5つのチョークポイントを技術的に理解し、投資判断にどう使うかを学ぶ。

0. ボトルネックとは何か

「技術的に難しい」だけではボトルネックにならない。2つの条件が揃って初めて、バリューチェーン全体を止める「チョークポイント」になる。

チョークポイントの判定条件
供給 < 需要
×
代替がない
=
チョークポイント

「難しい」≠「ボトルネック」の例

工程技術的に難しい?代替がある?判定
EUV装置(ASML)はいなし(世界1社)チョークポイント
テスト装置(アドバンテスト)はいあり(Teradyne, Cohu等)弱い

常に問え:「他に誰がやれるか?」

1. AI半導体の5大ボトルネック

#1 EUV(ASML) 01

最先端チップ(3nm/2nm)のパターン描画に不可欠な露光装置。世界でASML 1社だけが製造可能。

1台約400億円、納期1.5〜2年。キヤノン・ニコンはDUV世代で脱落。

なぜ詰まるか:累積的学習効果(数千の暗黙知の積層)により、設計図を渡されても再現不可能。光源(トルンプ)+ミラー(ツァイス)+インテグレーション、全てがASMLに依存。
#2 先端ロジック(TSMC) 02

最先端ノード(3nm/2nm)を安定量産できるのはほぼTSMC 1社。サムスン・Intelも持っているが、歩留まりで大差。

なぜ詰まるか:「作れる」と「量産できる」は別。TSMCの歩留まり80%+ vs サムスン50%前後。顧客集中→経験蓄積→改善→さらに集中の正のスパイラルが回り続けている。
#3 HBM(SK Hynix / Samsung / Micron) 03

DRAMを8〜12層積層してTSVで貫通接続。3社のみが製造可能。SK Hynixが圧倒的リード。

なぜ詰まるか:1層でもダメなら全層廃棄。歩留まり = 0.95n層。層数が増えるほど指数関数的に歩留まりが悪化。
#4 CoWoS 先進パッケージング(TSMC) 04

GPUとHBMをインターポーザ上で接続。TSMCがほぼ独占。GPU+製造+パッケージングが全てTSMC内で完結する統合技術。

なぜ詰まるか:GPUが世代ごとに大型化→インターポーザも巨大化→歩留まり悪化。設備投資で増産しても需要が常に先を行く「追いかけっこ」構造。
#5 電力インフラ 05

データセンター1棟で数百メガワット(小都市1つ分)。チップは1〜2年で増産できるが、電力は追いつかない。

なぜ詰まるか:技術の問題ではなく時間の問題。発電所・送電線・変電所の建設に許認可含め5〜10年。半導体のスケール速度と根本的にミスマッチ。

2. 深掘り #1 — EUVの物理

EUV(Extreme Ultraviolet)は波長13.5nmの光を使う。この「極端に短い波長」が、装置設計を根本から変えた。

なぜEUVではレンズが使えないのか

光のエネルギーは波長に反比例する:E = hc/λ

EUV(13.5nm)は可視光の数十倍のエネルギー。このエネルギーがガラスのバンドギャップを超えて電子を励起してしまう → ガラスが光を吸収する → 透過しない。

光の種類波長エネルギーガラスを…
可視光400〜700nm低い通り抜ける
DUV193nm中程度ギリ通る
EUV13.5nm非常に高い吸収される

さらに空気中の窒素・酸素も吸収するため、装置内部は全て真空

DUV vs EUV — 光学系の違い

DUV(従来型)

レーザー光源(193nm)
ガラスレンズで屈折
マスク(回路パターン)
ガラスレンズで縮小
ウェハに転写

EUV(ASML独占)

錫にレーザー照射→プラズマ(13.5nm)
↓ 真空中
反射ミラー(Zeiss製)
原子数個の精度
↓ 真空中
反射型マスク
↓ 真空中
反射ミラーで縮小
↓ 真空中
ウェハに転写

ASMLの堀 = 累積的学習効果

ASMLの独占は特許で守られているのではない。数千の暗黙知の積層で守られている。

要素担当代替
光源(錫プラズマ)トルンプ(独)なし
反射ミラーツァイス(独)なし
真空・制御システムASMLなし
全体インテグレーションASMLなし

部品点数10万点以上。薬の特許は「分子構造1個」だからジェネリックが作れる。EUVは数千の暗黙知の組み合わせ — 設計図を渡されても再現不可能。

キヤノン・ニコンほどの技術力でもDUV→EUVの移行で脱落。中国が国家予算を投じても構造的に追いつけない。

3. 深掘り #2 — TSMCの正のスパイラル

サムスンもIntelも先端ノードを「持っている」。だが顧客はTSMCに集中する。理由は歩留まり

TSMCサムスンIntel
3nm歩留まり80%+50%前後量産苦戦
主要顧客Apple, NVIDIA, AMD, Qualcomm自社(Galaxy)中心自社中心
TSMCの正のスパイラル(vs サムスンの負のスパイラル)
顧客が集まる
量産経験が積める
歩留まり改善
さらに顧客集中
🔄

台湾リスク — 「シリコンの盾」

TSMCは台湾に最先端工場を集中。台湾有事が起きれば世界の半導体供給が止まる。

ただし、台湾を攻撃すると攻撃側(中国)もTSMCを失う。中国のスマホもサーバーもTSMCなしでは作れない — これが台湾の安全保障になっている。

工場ノード位置づけ
台湾本国2nm / 3nm(最先端)本丸。止まると終わり
アリゾナ(米)4nm → 3nm予定保険。1世代遅れ
熊本 JASM(日)12nm〜28nm成熟ノード。車載・産業用
ドレスデン(独)28nm〜欧州向け成熟ノード

CHIPS法で520億ドルを投じて分散を進めるが、最先端はまだ台湾だけ

4. 深掘り #3 — HBMの歩留まり問題

HBMはDRAMチップを積層してTSVで貫通接続する。1層でもダメなら全層廃棄(途中の層だけ交換できない)。

歩留まりの数式

全体歩留まり = (1層の歩留まり)層数

1層の歩留まり8層(HBM3)12層(HBM3E)16層(HBM4)
99%92%89%85%
95%66%54%44%
90%43%28%19%

95%の歩留まりは「優秀」だが、12層積むと半分近く捨てる。1層の歩留まりを99%に近づけるノウハウが全て。

なぜSK Hynixがリードしているのか

SK HynixはNVIDIAと最も早く共同開発を開始した。

TSMCの正のスパイラルと同じ構造:

NVIDIAと共同開発 → 実戦データ蓄積 → 歩留まり改善 → 次世代もSK Hynixに発注 → さらに差が開く

会社状況
SK HynixNVIDIAとの早期共同開発で圧倒的リード
Samsung自社GPU開発にも注力して分散。歩留まりでSK Hynixに遅れ
Micron技術はあるが量産立ち上げが遅れた。追い上げ中

5. 深掘り #4 — CoWoSの構造的ボトルネック

Lesson 4で学んだCoWoS。ここではなぜ設備投資で解消しないのかを掘り下げる。

追いかけっこ構造

GPUは世代ごとにどんどん大きくなる。チップが大きくなるたびにインターポーザも巨大化する。

GPU世代ダイサイズHBM数インターポーザ
H100814 mm²6個巨大
B200さらに大型8個さらに巨大

TSMCが増産しても、需要側がさらに膨らむ → 常に足りない

統合技術 — 他社が参入できない理由

工程担当
GPU製造TSMC
インターポーザ製造TSMC
HBMとの接合TSMC
設計ルールTSMC

全てTSMC内で完結。外部のOSAT(パッケージング専門会社)がCoWoSの代替を提供するのは極めて困難。パッケージングだけ切り出しても、TSMCの製造プロセスと噛み合わなければ意味がない。

6. 深掘り #5 — 電力インフラの時間ミスマッチ

電力のボトルネックは他の4つと性質が全く違う。技術が足りないのではなく、時間が足りない

ASML装置
1.5-2年
HBM増産
1-2年
TSMC新工場
2-3年
電力インフラ
5-10年

電力ボトルネックの内訳

工程所要時間障壁
環境アセスメント1〜3年法的義務
住民合意不定政治的に困難
発電所建設3〜5年用地確保
送電線・変電所2〜5年右of way(通行権)

半導体は1〜2年でスケールできるが、電力は5〜10年。この時間のミスマッチが構造的に解消できない → 電力設備(電線、変圧器)への長期需要が生まれる。

7. 投資家の視点 — チョークポイント ≠ 最高の投資先

L2で最も重要な学び:ボトルネックを知ること自体が目的ではない。「市場の認知とのギャップ」を見つける目を養うのが本当のゴール。

チョークポイント × 市場認知のマトリクス
みんなが知ってる
まだ気づかれてない
チョークポイント強い
ASML, NVIDIA, TSMC
→ 株価に織り込み済み
素材、部品、裏方?
→ 投資チャンスの宝庫
チョークポイント弱い
テスト装置等
→ 過大評価リスク
注目する必要なし

パウロの投資手法の核心

パウロが狙うのは右上のセル:「強いチョークポイント」×「市場がまだ気づいていない」

例:数年前の味の素ABFフィルム、電力インフラ関連(住友電工、藤倉)

「誰が見てもすごい」ものは株価もすごい。「まだ誰も見ていないすごいもの」にこそ投資機会がある。

📖 このページの用語集

用語意味一言で
チョークポイント供給<需要 かつ 代替なしバリューチェーンの急所
EUVExtreme Ultraviolet(極端紫外線)波長13.5nmの露光技術。ASML独占
E=hc/λ光のエネルギーと波長の関係式波長が短い=エネルギーが高い
累積的学習効果長年の経験で蓄積された暗黙知特許と違い、コピー不可能な参入障壁
歩留まりスパイラル顧客集中→経験→改善→さらに集中TSMCの構造的優位の源泉
シリコンの盾台湾のTSMC集中が安全保障になる構造攻撃側もTSMCを失うジレンマ
CHIPS法米国の半導体補助金法(520億ドル)TSMCアリゾナ誘致の根拠
認知ギャップチョークポイントの重要性と株価の乖離投資チャンスの源泉

🧠 セルフチェック

Q1: ボトルネック(チョークポイント)の2つの条件は?

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「供給 < 需要」かつ「代替がない」。技術的に難しいだけではボトルネックにならない。代替ルートがあれば迂回できるし、供給が十分なら詰まらない。

Q2: EUVでガラスレンズが使えない物理的理由は?

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EUV(13.5nm)は波長が極端に短く、E=hc/λよりエネルギーが非常に高い。このエネルギーがガラスのバンドギャップを超えて電子を励起→光が吸収される。だから反射ミラー(Zeiss製)+真空環境で光を導く。

Q3: TSMCとサムスンの差を生む「正のスパイラル」を説明せよ。

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顧客集中→量産経験が積める→歩留まり改善→コスト優位→さらに顧客集中。サムスンは顧客が少ない→経験が積めない→歩留まりが上がらない→さらに顧客が離れる(負のスパイラル)。

Q4: HBMの歩留まりが95%/層で12層積んだ場合、全体歩留まりは約何%?

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0.9512 ≈ 54%。1層でもダメなら全層廃棄なので、層数が増えるほど指数関数的に歩留まりが悪化する。1層の歩留まりを99%に近づけることが全て。

Q5: 電力インフラのボトルネックが他の4つと決定的に違う点は?

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技術の問題ではなく「時間」の問題。半導体は1〜2年でスケールできるが、発電所・送電線の建設は許認可含め5〜10年かかる。この時間のミスマッチが構造的に解消できない。

Q6: 「チョークポイント = 最高の投資先」ではない理由は?

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ASMLやNVIDIAのようなチョークポイントは「みんなが知っている」。市場はその価値を既に株価に織り込んでいる。投資チャンスは「強いチョークポイント」×「まだ市場が気づいていない」の交差点にある。