0. ボトルネックとは何か
「技術的に難しい」だけではボトルネックにならない。2つの条件が揃って初めて、バリューチェーン全体を止める「チョークポイント」になる。
「難しい」≠「ボトルネック」の例
| 工程 | 技術的に難しい? | 代替がある? | 判定 |
|---|---|---|---|
| EUV装置(ASML) | はい | なし(世界1社) | チョークポイント |
| テスト装置(アドバンテスト) | はい | あり(Teradyne, Cohu等) | 弱い |
常に問え:「他に誰がやれるか?」
1. AI半導体の5大ボトルネック
最先端チップ(3nm/2nm)のパターン描画に不可欠な露光装置。世界でASML 1社だけが製造可能。
1台約400億円、納期1.5〜2年。キヤノン・ニコンはDUV世代で脱落。
最先端ノード(3nm/2nm)を安定量産できるのはほぼTSMC 1社。サムスン・Intelも持っているが、歩留まりで大差。
DRAMを8〜12層積層してTSVで貫通接続。3社のみが製造可能。SK Hynixが圧倒的リード。
GPUとHBMをインターポーザ上で接続。TSMCがほぼ独占。GPU+製造+パッケージングが全てTSMC内で完結する統合技術。
データセンター1棟で数百メガワット(小都市1つ分)。チップは1〜2年で増産できるが、電力は追いつかない。
2. 深掘り #1 — EUVの物理
EUV(Extreme Ultraviolet)は波長13.5nmの光を使う。この「極端に短い波長」が、装置設計を根本から変えた。
なぜEUVではレンズが使えないのか
光のエネルギーは波長に反比例する:E = hc/λ
EUV(13.5nm)は可視光の数十倍のエネルギー。このエネルギーがガラスのバンドギャップを超えて電子を励起してしまう → ガラスが光を吸収する → 透過しない。
| 光の種類 | 波長 | エネルギー | ガラスを… |
|---|---|---|---|
| 可視光 | 400〜700nm | 低い | 通り抜ける |
| DUV | 193nm | 中程度 | ギリ通る |
| EUV | 13.5nm | 非常に高い | 吸収される |
さらに空気中の窒素・酸素も吸収するため、装置内部は全て真空。
DUV(従来型)
EUV(ASML独占)
原子数個の精度
ASMLの堀 = 累積的学習効果
ASMLの独占は特許で守られているのではない。数千の暗黙知の積層で守られている。
| 要素 | 担当 | 代替 |
|---|---|---|
| 光源(錫プラズマ) | トルンプ(独) | なし |
| 反射ミラー | ツァイス(独) | なし |
| 真空・制御システム | ASML | なし |
| 全体インテグレーション | ASML | なし |
部品点数10万点以上。薬の特許は「分子構造1個」だからジェネリックが作れる。EUVは数千の暗黙知の組み合わせ — 設計図を渡されても再現不可能。
キヤノン・ニコンほどの技術力でもDUV→EUVの移行で脱落。中国が国家予算を投じても構造的に追いつけない。
3. 深掘り #2 — TSMCの正のスパイラル
サムスンもIntelも先端ノードを「持っている」。だが顧客はTSMCに集中する。理由は歩留まり。
| TSMC | サムスン | Intel | |
|---|---|---|---|
| 3nm歩留まり | 80%+ | 50%前後 | 量産苦戦 |
| 主要顧客 | Apple, NVIDIA, AMD, Qualcomm | 自社(Galaxy)中心 | 自社中心 |
台湾リスク — 「シリコンの盾」
TSMCは台湾に最先端工場を集中。台湾有事が起きれば世界の半導体供給が止まる。
ただし、台湾を攻撃すると攻撃側(中国)もTSMCを失う。中国のスマホもサーバーもTSMCなしでは作れない — これが台湾の安全保障になっている。
| 工場 | ノード | 位置づけ |
|---|---|---|
| 台湾本国 | 2nm / 3nm(最先端) | 本丸。止まると終わり |
| アリゾナ(米) | 4nm → 3nm予定 | 保険。1世代遅れ |
| 熊本 JASM(日) | 12nm〜28nm | 成熟ノード。車載・産業用 |
| ドレスデン(独) | 28nm〜 | 欧州向け成熟ノード |
CHIPS法で520億ドルを投じて分散を進めるが、最先端はまだ台湾だけ。
4. 深掘り #3 — HBMの歩留まり問題
HBMはDRAMチップを積層してTSVで貫通接続する。1層でもダメなら全層廃棄(途中の層だけ交換できない)。
歩留まりの数式
全体歩留まり = (1層の歩留まり)層数
| 1層の歩留まり | 8層(HBM3) | 12層(HBM3E) | 16層(HBM4) |
|---|---|---|---|
| 99% | 92% | 89% | 85% |
| 95% | 66% | 54% | 44% |
| 90% | 43% | 28% | 19% |
95%の歩留まりは「優秀」だが、12層積むと半分近く捨てる。1層の歩留まりを99%に近づけるノウハウが全て。
なぜSK Hynixがリードしているのか
SK HynixはNVIDIAと最も早く共同開発を開始した。
TSMCの正のスパイラルと同じ構造:
NVIDIAと共同開発 → 実戦データ蓄積 → 歩留まり改善 → 次世代もSK Hynixに発注 → さらに差が開く
| 会社 | 状況 |
|---|---|
| SK Hynix | NVIDIAとの早期共同開発で圧倒的リード |
| Samsung | 自社GPU開発にも注力して分散。歩留まりでSK Hynixに遅れ |
| Micron | 技術はあるが量産立ち上げが遅れた。追い上げ中 |
5. 深掘り #4 — CoWoSの構造的ボトルネック
Lesson 4で学んだCoWoS。ここではなぜ設備投資で解消しないのかを掘り下げる。
追いかけっこ構造
GPUは世代ごとにどんどん大きくなる。チップが大きくなるたびにインターポーザも巨大化する。
| GPU世代 | ダイサイズ | HBM数 | インターポーザ |
|---|---|---|---|
| H100 | 814 mm² | 6個 | 巨大 |
| B200 | さらに大型 | 8個 | さらに巨大 |
TSMCが増産しても、需要側がさらに膨らむ → 常に足りない。
統合技術 — 他社が参入できない理由
| 工程 | 担当 |
|---|---|
| GPU製造 | TSMC |
| インターポーザ製造 | TSMC |
| HBMとの接合 | TSMC |
| 設計ルール | TSMC |
全てTSMC内で完結。外部のOSAT(パッケージング専門会社)がCoWoSの代替を提供するのは極めて困難。パッケージングだけ切り出しても、TSMCの製造プロセスと噛み合わなければ意味がない。
6. 深掘り #5 — 電力インフラの時間ミスマッチ
電力のボトルネックは他の4つと性質が全く違う。技術が足りないのではなく、時間が足りない。
電力ボトルネックの内訳
| 工程 | 所要時間 | 障壁 |
|---|---|---|
| 環境アセスメント | 1〜3年 | 法的義務 |
| 住民合意 | 不定 | 政治的に困難 |
| 発電所建設 | 3〜5年 | 用地確保 |
| 送電線・変電所 | 2〜5年 | 右of way(通行権) |
半導体は1〜2年でスケールできるが、電力は5〜10年。この時間のミスマッチが構造的に解消できない → 電力設備(電線、変圧器)への長期需要が生まれる。
7. 投資家の視点 — チョークポイント ≠ 最高の投資先
L2で最も重要な学び:ボトルネックを知ること自体が目的ではない。「市場の認知とのギャップ」を見つける目を養うのが本当のゴール。
→ 株価に織り込み済み
→ 投資チャンスの宝庫
→ 過大評価リスク
パウロの投資手法の核心
パウロが狙うのは右上のセル:「強いチョークポイント」×「市場がまだ気づいていない」
例:数年前の味の素ABFフィルム、電力インフラ関連(住友電工、藤倉)
「誰が見てもすごい」ものは株価もすごい。「まだ誰も見ていないすごいもの」にこそ投資機会がある。
📖 このページの用語集
| 用語 | 意味 | 一言で |
|---|---|---|
| チョークポイント | 供給<需要 かつ 代替なし | バリューチェーンの急所 |
| EUV | Extreme Ultraviolet(極端紫外線) | 波長13.5nmの露光技術。ASML独占 |
| E=hc/λ | 光のエネルギーと波長の関係式 | 波長が短い=エネルギーが高い |
| 累積的学習効果 | 長年の経験で蓄積された暗黙知 | 特許と違い、コピー不可能な参入障壁 |
| 歩留まりスパイラル | 顧客集中→経験→改善→さらに集中 | TSMCの構造的優位の源泉 |
| シリコンの盾 | 台湾のTSMC集中が安全保障になる構造 | 攻撃側もTSMCを失うジレンマ |
| CHIPS法 | 米国の半導体補助金法(520億ドル) | TSMCアリゾナ誘致の根拠 |
| 認知ギャップ | チョークポイントの重要性と株価の乖離 | 投資チャンスの源泉 |
🧠 セルフチェック
Q1: ボトルネック(チョークポイント)の2つの条件は?
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「供給 < 需要」かつ「代替がない」。技術的に難しいだけではボトルネックにならない。代替ルートがあれば迂回できるし、供給が十分なら詰まらない。
Q2: EUVでガラスレンズが使えない物理的理由は?
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EUV(13.5nm)は波長が極端に短く、E=hc/λよりエネルギーが非常に高い。このエネルギーがガラスのバンドギャップを超えて電子を励起→光が吸収される。だから反射ミラー(Zeiss製)+真空環境で光を導く。
Q3: TSMCとサムスンの差を生む「正のスパイラル」を説明せよ。
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顧客集中→量産経験が積める→歩留まり改善→コスト優位→さらに顧客集中。サムスンは顧客が少ない→経験が積めない→歩留まりが上がらない→さらに顧客が離れる(負のスパイラル)。
Q4: HBMの歩留まりが95%/層で12層積んだ場合、全体歩留まりは約何%?
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0.9512 ≈ 54%。1層でもダメなら全層廃棄なので、層数が増えるほど指数関数的に歩留まりが悪化する。1層の歩留まりを99%に近づけることが全て。
Q5: 電力インフラのボトルネックが他の4つと決定的に違う点は?
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技術の問題ではなく「時間」の問題。半導体は1〜2年でスケールできるが、発電所・送電線の建設は許認可含め5〜10年かかる。この時間のミスマッチが構造的に解消できない。
Q6: 「チョークポイント = 最高の投資先」ではない理由は?
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ASMLやNVIDIAのようなチョークポイントは「みんなが知っている」。市場はその価値を既に株価に織り込んでいる。投資チャンスは「強いチョークポイント」×「まだ市場が気づいていない」の交差点にある。